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福岡高等裁判所 昭和55年(行コ)22号 判決

控訴人

佐々野誠

右訴訟代理人

塩塚節夫

被控訴人

道脇喜一

右訴訟代理人

山中伊佐男

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、福江市に対し金六五〇万円及びこれに対する昭和四七年一一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈省略〉

二控訴人が福江市の住民であること、被控訴人が昭和四一年三月一四日から昭和四七年三月二八日まで福江市の助役の地位にあり、昭和四六年一二月二七日から昭和四七年二月五日までの期間中市長の事故のためその職務を代理したこと、被控訴人が、福江市において同市平蔵町字権左開三七一四番地に建設を予定していた廃棄物処理施設(ごみ焼却炉)の建設工事について請負契約を締結するにあたり、予め太陽築炉、三和動熱、三機工業、東洋技研の四社を指名し、昭和四七年一月一一日現場で工事内容の説明を行い、翌一二日一斉に見積書を提出させたこと、その見積額は、四八五〇万円(太陽築炉)、四八八〇万円(三和動熱)、五五八〇万円(三機工業)、六三八〇万円(東洋技研)であつたこと、被控訴人が、同月三〇日に福江市長職務代理者として三機工業との間で随意契約の方法により、工事価格五五〇〇万円で本件建設工事の請負契約を締結したこと、三機工業が右工事を同年一〇月二〇日に竣功し、福江市は、三機工業に対し、工事代金として同年五月三一日六〇〇万円、同年九月三〇日三七九〇万円、同年一一月二一日一一一〇万円を支払つたこと、控訴人が地方自治法二四二条所定の監査請求をし、監査委員の勧告があつたが、福江市長が同条七項の措置を講じなかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

三控訴人は、被控訴人が、本件請負契約を随意契約の方法により三機工業との間で締結したことは違法であると主張し、被控訴人は、本件請負契約が地方自治法施行令(昭和四九年政令第二〇三号による改正前のもの。以下同じ。)一六七条の二第一号にいう「その性質または目的が競争入札に適しないもの」に該当し、違法ではないと主張するので、この点について判断する。

まず、本件請負契約の工事内容及びその締結前後の事情をみるに、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  福江市には、昭和三一年頃建設された日量1.8トンの焼却能力を有するごみ焼却炉があつたところ、昭和四一年頃これが故障してそのまま放置され、福江市は、ごみを野焼きして処理していたが、住民の苦情が相次ぎ、昭和四六年初め頃からは生ごみを埋めて処理したけれども、収集量の増加、衛生上の問題等により、福江市にとつては、新たにごみ処理施設を設置することが緊急の課題となつていた。なお、福江市においては、さしたる検討もされないまま、ごみ処理施設設置のための企画、立案とともにその建設のための事務まで保健衛生課が主管することが当然視されていた。

2  藤昭男は、昭和四五年半頃から保健衛生課の清掃係長となり、同年一二月頃から昭和四六年一〇月頃までの間、長崎県内外の自治体の既設のごみ処理施設の実地調査を行い、規模、構造、経費、施行業者、問題点等を視察して復命書を市長に提出する一方、昭和四五年一二月頃、日量三〇トン程度の処理能力を持つ焼却炉を建設すべく長崎県と協議し、昭和四六年三月一〇日には長崎県に対し、昭和四六年度廃棄物処理施設整備計画書を提出し、起債や補助金申請のため、日量三〇トンの処理能力を持つセミ機械炉を建設する旨の事業概要書を作成するなどしていた。ところが、同年八月下旬頃、福江市の右計画が、国庫補助事業の第一次指定に洩れたため、藤は、保健衛生課長である貞方善市と共に第二次指定を受けるべく隘路となつていた用地の確保や計画の具体化に努め、同年一一月には「福江市ごみ処理施設施行基準」と題する書面を作成した。

貞方は、昭和四四年四月から保健衛生課長に任ぜられ、ごみ処理施設の用地の確保等に努めたほか、昭和四六年五月には文教厚生委員会の九州管内の視察に随行し、あるいは補助金申請の手続のため出張するなどして、その都度復命書を市長に提出していた。

さらに文教厚生委員会も、前記視察の日程に三か所ほどのごみ処理施設の視察を組み入れ、報告書中に、「福江市において焼却場を建設する場合は、炉の機種選定をより慎重に行うこと、建設場所の選定にあたつては、地区住民と十分話し合つて万全の配慮をすること、灰や不燃物のすて場は将来をも考慮して決定することの三点に留意されたい。」旨の意見を付していた。

そうするうち、同年一二月一〇日前後頃、長崎県から福江市に対し、国庫補助事業の第二次指定を受けることにほゞ内定した旨の連絡があり、同月二〇日には正式の通知とともに、昭和四七年一月一四日までに補助金交付申請書と関係書類を持参するようにとの指示がなされた。

3  このような経過の中で、貞方と藤は、ごみ処理施設建築の請負契約を締結する方法については、保健衛生課においてはその設計をする能力がなく、ごみ処理施設の請負工事業者がそれぞれ独自のプラントを有し、その構造や燃焼方法に差異があるため設計も一定ではなく、既設地区でも殆んどが業者の設計施工の形をとつており、視察地の大部分も随意契約の方法によつていたこともあつて、本件工事の請負業者の決定は競争入札にする意義がないとの理由から、九州管内に実績があり、技術者を出先に常駐させていて信頼できると考えた東洋技研、太陽築炉、三機工業、三和動熱の四社を指名する業者とし、そのうちの一社と随意契約の方法により契約しようと考えていた。また、これら業者の側でも福江市においてごみ処理施設を設置する必要があり、その計画もあることを承知し、昭和四五年頃から当該工事を請負うべく売り込みにかかつていた。

貞方と藤は、これら四社ともそれぞれ特許を有しており(これが誤りであることは後述のとおりである。)、そのプラントには特徴があつて専門家でも甲乙の判定がつけられないとの認識を持つ一方、工事見積書を提出させたうえ、予定価格及びプラント内容により契約の相手方を決定すれば良いと考えていた。

4  昭和四六年一二月二七日福江市長の田口馬次は、赤字財政再建等を巡つて紛糾していた市議会で負傷して入院し、当事者間に争いのないとおり、助役であつた被控訴人が市長の職務代理者として本件の事務処理にあたることになつたが、被控訴人も市長の諮問機関である清掃事業運営対策委員会の議長をするなど、本件ごみ処理施設の設置に係る諸問題については十分承知しうる立場にあつた。

5  藤は、昭和四六年一二月末か昭和四七年一月初め頃までには、前記「福江市ごみ処理施設施行基準」のほか、藤において作成した「焼却炉建設計画工事契約の基本条件」と題する書面を四社に配布し、見積りの準備をするよう指示した。右二通の書面の内容は、ごみ処理施設に設けるべき施設内容、れんが積みについての施工の基準や必要な機能を比較的詳細に示すものであつて、業者間で一般に統一仕様書と呼ばれる程度のものであつたが、これらの書面には市長らの決裁はなされなかつた。藤は、更に、同月八日、指名する業者を四社に定めて前記3項に示したような契約方法をとること、四社から仕様書、設計図、見積書その他の参考資料を提出させて技術説明会を実施すること、これによる各社の技術をはじめ、見積額を予定価格と比較して第一次銓衡を行い、更に指示のあつた部分の再見積後最終的に業者を銓衡することなどを骨子とした福江市廃棄物処理施設新設工事施行計画書を起案した。右計画書の決裁は、同月一三日被控訴人によつてなされた。

その間の同月一一日、施設の建設予定地での現場説明が行われ、翌一二日には、被控訴人、貞方、藤らのほか市議会正副議長、文教厚生委員らが出席して四社の技術説明会が開かれ、各社が一時間ないし一時間半程技術説明を行つた後、各社から見積書が提出された。しかしながら、この際には、前記計画書においては併せて提出されることになつていた仕様書、設計図等は、太陽築炉から若干提出されたほかはいずれも提出されないままであつた。

6  ところで、四社のプラントは、基本的な差異ではないが、炉体の構造が異なり、これに伴つて上屋、下屋の構造も多少異なるものの、これらの業者がプラントに関して特許を有しているわけではなく、ロストルの揺動装置等に実用新案をもつ程度に止まるものであつて(この点で前記貞方、藤の認識は誤りであるが、被控訴人においては右両名から報告を受けていたと思われるのに、本件訴訟において各社に特許がない旨の証拠が提出された後、当時は、特許は仲々難しいそうだから実用新案ではないかと判断していた旨を原審で供述している。)、その差異のある工事部分の費用が全体の工事費に占める割合はさほど高いものではなかつた。

普通地方公共団体が契約を締結する場合、その方法にはそれぞれ長所、短所があるものであるが、地方自治法二三四条は契約の公正と機会均等の観点から一般競争入札の方法によることを原則とし、他の方法は、政令で定める場合に限りこれによることができると定めており、また、同法施行令一六七条の二第一項は、「随意契約の方法によることができる場合は、次の各号に掲げる場合とする。」と定め、六つの場合をあげていて、これが制限列挙にあたることは明らかである。そして、普通地方公共団体が契約を結ぶ場合に、右の各号に該当するか否かは、その長が具体的事実に基づいて判断すべきところ、その判断に一定の裁量の範囲が認められるとはいえ、具体的客観的事実の裏づけのないまま、単に抽象的に市民の福祉に合致するとの理由のもとに、随意契約の方法により契約を締結することが許されないのは当然のことである。

被控訴人は、本件請負契約が、地方自治法施行令一六七条の二第一項一号に該当すると主張するが、同号にいう「その性質または目的が競争入札に適しないものをするとき」とは、同号が例示する不動産の買入れ又は借入れ等のほか当該契約をすることを秘密にする必要があるときなどの場合をいうものであつて、その用途にかんがみ、品質、機能等において大体同一の物件が他に存在する場合には、その仕様、設計に多少の差異があるからといつて他に格別の事情がない限り、直ちに同号に該当するということはできない。

本件において、各社の炉体の構造が異なることは前認定のとおりであり、もとよりごみ処理施設においては炉体部分がその最も重要な部分の一つであつて、同施設の焼却能力及び付近の環境に対する影響の有無等を判定するに際し、炉体部分がより優秀であることが望ましいことは当然であるけれども、それが福江市の指定する焼却能力等に関する一定の条件を充たすものである限り(ごみ処理施設の品質、機能、その維持管理等のうえで特に必要な点があれば、仕様書等でその点を指示すべきであると考えられる。)、各社のプラントにおける構造上の多少の差異は、あるプラントを不適格とし、あるプラントを適格とするようなものではありえない。仮にある業者に特有の実用新案を採用することが是非とも必要であり、これでなければその用を足さないというような合理的な事情があるとすれば、本件において四社を指名すること自体が不当であつたというほかないところ、前認定のとおり、貞方と藤は各社のプラントの優劣は専門家でもその判断が困難であると考えて四社を指名し、被控訴人もこれを是認していたのみならず、ある業者に特有の実用新案や炉体の構造を採用することが是非とも必要であつたと認めうるような事情はない。してみると、本件ごみ処理施設は、その用途にかんがみ、四社のいずれを相手方として契約を締結しても、品質、機能等において藤作成の「福江市ごみ処理施設施行基準」及び「焼却炉建設計画工事契約の基本条件」に従つた大体同一のごみ処理施設が建設されたであろうということができる。

結局、本件において他に格別の事情もみあたらないので、本件請負契約は地方自治法施行令一六七条の二第一項一号には該当しないというべきであり、また、ごみ処理施設の建設の必要が突然起こつたわけでもないので同項二号にも該当せず、右契約が同項の定めるその余の場合に該当すると考える余地もないから被控訴人が本件請負契約を随意契約の方法により締結したことは違法であるというほかはなく、前認定の事実関係に照らせば、被控訴人は、本件請負契約を締結するにあたり、少なくとも市長職務代理者として払うべき相当な注意義務を欠いたとのそしりを免れない。

四次に、被控訴人が随意契約の方法により三機工業との間で本件請負契約を締結したことにより、福江市に損害が生じたか否かについて判断する。

本件において、見積合せの際の各社の見積額が前記のとおりであつたにもかかわらず、最低の見積額を提出した太陽築炉を本件請負契約の相手方とせず、三機工業を相手方とした理由につき、被控訴人は、昭和四七年一月一二日の各社の技術説明をもとにし、各社の設計、技術並びに見積額を比較検討した結果であり、三機工業の見積額が予定価格に近似していたことのほか、その施行する工事の内容、技術に対する信頼性や市民生活に対する寄与の程度を考慮して契約の相手方に選定したものであると主張する。そして、原審及び当審において、証人貞方善市、同藤昭男、被控訴人本人は、三機工業を相手方とした理由について、その見積額が最も予定価格に近似していたこと、見積合せの前に被控訴人と貞方とは最低制限価格を五〇〇〇万円と決めており、太陽築炉、三和動熱の見積額はこれに及ばなかつたこと、事前調査及び技術説明会の結果により各社の炉体の長所、短所等を検討したら三機工業が優れていたことなどと供述し、ことに被控訴人は、見積書によると三機工業が炉体に一番金をかけていたからと供述している。そこで、三機工業を契約の相手方とした事情等について更に検討するに、〈証拠〉を総合すれば、前記三で認定した事実のほか、次のような事実が認められる。

1  藤は、前認定のとおり統一仕様書と呼ばれる程度の施設についての施工の基準や必要な機能を示した書面を作成していたが、貞方、藤ともにその他に仕様書や設計図を作成することなく、業者の設計施工に委せる方針をとつていたところ、貞方は、本件請負契約の予定価格を定めるにあたり、藤が各自治体の実績を調査した結果により、ごみ処理施設の本体部分の工事費のうち最高額と最低額を除いてその合計額を焼却能力の日量のトン数合計で割り、これに建設年度の違いによる物価上昇率と福江市が離島に所在するための経費増分を各一〇パーセントとして、合計二〇パーセントを加算し、これに三〇を乗じて得た金額(なお、貞方は昭和四七年六月開催の福江市議会において、右計算の際、藤の所持するメモでは計算上五四五七万円余になるところを五五四七万円余と一〇〇万円の誤算が生じていたことを認めている。)をめどとして、五五〇〇万円とするのが適当であろうとの意見を被控訴人に具申し、被控訴人もこれをそのまゝ採用して予定価格を五五〇〇万円と定めた。

福江市財務規則八五条には「契約担任者は随意契約による場合は第七七条の規定に準じて予定価格を定めるものとする。」と、同七七条には「契約担任者は一般競争入札に付する事項の価格を当該事項に関する仕様書、設計書等によつて予定しなければならない。……契約担任者は予定価格を定める場合において当該契約の目的となる物又は役務の取引の実例、価格、需給の状況、履行の難易、契約数量の多寡及び履行の長短等を考慮しなければならない。」と各定められているところ、本件では予定価格を定めるにあたつて必要な仕様書、設計書は欠けており(この事実は当事者間に争いがない。)、統一仕様書と呼ばれる程度の二通の書類は作成されたものの、予定価格はこれによつて定められずに、前記のとおり極めてずさんな方法で定められた。

2  本件においては、事前に最低制限価格を定めたことを認めるに足りる的確な証拠はない。すなわち、貞方、藤、被控訴人らは前記のとおりこれを定めたと供述するが、被控訴人は、その時期を見積合せの当日であると述べるのに対し、貞方は、その前日の現場説明の日に四社にこれを告知したなどと述べていてその間に食い違いがあるうえ、昭和四七年一月二〇日頃藤が起案し、貞方、被控訴人の各決裁を受けている「廃棄物処理施設(ごみ焼却炉)建設工事随契業者選定までの顛末について」と題する書面中には、三機工業の当初の見積額は予定価格をこえる五五八〇万円であつたのを、被控訴人、貞方らが三機工業に予定価格を示して八〇万円の値引きをさせ、金額五五〇〇万円の見積書を再提出させた経緯があるにもかかわらず、三機工業が当初から五五〇〇万円丁度の見積書を提出したようにことさら虚偽の記載がなされているのに、最低制限価格を定めたことやその金額については全く記載がなく、かえつて、予定額(右書面の内容からして、これは予定価格を指すものと認められる。)以下の見積はダンピングとして失格とすることにした旨の記載があること並びに貞方、藤、被控訴人のいずれも最低制限価格を予定価格の九割をこえる五〇〇〇万円と定めた根拠につき全く合理的な説明ができないことなどに照らすと、前記三名の供述部分は直ちに採用することができない。

3  貞方、藤、被控訴人らは、各社の技術を比較したら三機工業が優れていたと供述する。なるほど、藤が作成した「各社仕様書比較」と題する書面には、四社のロストル方式、型状や電気、重油の各使用量等が図、数量で示された一覧表と共に藤が事前調査の結果により判断したという各社のプラントの長所、短所が記載され、これによると三機工業のプラントには長所ばかり四点が指摘され、他の三社のプラントにはそれぞれ少なくとも三点の短所が指摘されている。しかしながら、本件ごみ処理施設については、各社の仕様書自体存在せず、貞方、藤らは各社のプラントの優劣は専門家でもその判断が困難であると考えていたものであり、藤は、もともと高校を中退後、美津島町役場、福江市役所において主として農林関係の事務にたずさわつていた事務吏員であつて、各社のプラントの長所、短所を容易に指摘し得るか否かは甚だ疑わしいうえ、事前の現地調査の主たる結果を全て報告したと藤が供述している同人作成の各復命書の記載と前記「各社仕様書比較」と題する書面中の長所、短所の記載とは符合しないし、藤が事前に調査した各自治体のごみ処理施設のうち、三機工業の稼働中のプラントは大竹市のもののみであるが、藤自身、右プラントは余り良くなかつたと供述していることに照らすと、前記「各社仕様書比較」と題する書面中の各社のプラントの長所、短所の指摘が当を得たものとは思われない。そして、これらの事情は、被控訴人においても容易に知り得たものと考えられる。

なお、被控訴人は、見積書によると三機工業が一番炉体に金をかけていたことが同社を選んだ理由の一つであると供述するけれども、前認定のとおり、見積書の提出の際は、三機工業から仕様書、設計図等の提出はなかつたのであるから、見積書中の炉体部分の工事費が高額であることは何ら三機工業のプラントが優れていることの裏づけとなるものでないことは明らかである。

4  昭和四七年一月一七日、期限内に国庫補助金の交付申請をする必要上、市長職務代理者としての被控訴人と三機工業との間で急拠仮契約書が作成されたが、その際に添付された設計図、工事区分内訳明細書は、専ら補助金の額を算定するため厚生省が示している基準に合わせて作成されたもので、見積合せの際三機工業が提出した見積書とは、煙突工事、土木建築工事等における費用が大幅に食い違うものであつた。この点はさておいても、同月三〇日市長職務代理者としての被控訴人との間で本契約が締結された際、契約書に添付されるべき詳しい実施設計の別冊図面は欠けており、前記藤が作成して各社に示したごみ処理施設についての施工の基準となるべき書面の添付もなく、本契約後七日以内に提出すべきものと契約上定められた工事内訳明細書も同年四月二六日にようやく提出されたような有様であつた。そのため、工事竣功時には、現実の施工と前記「福江市ごみ処理施設施行基準」及び「焼却炉建設計画工事契約の基本条件」との間には不一致がみられ、長崎県による竣功検査の際は、れんが積み等について程度を落とした新たな基準が作成され、これに従つて検査がなされた。

5  三機工業が建設した本件ごみ処理施設は、昭和五〇年一〇月までの間に大きな故障二回を含め四回ほど故障を起こしたほか、昭和五〇年一〇月と昭和五五年一〇月の二回にわたり右施設からの飛び火が原因とみられる山火事が発生し、第一回の山火事については、福江市において四七三万円余の損害賠償をしている。

以上の事実関係に照らせば、本件において、被控訴人が最低の見積額を提出した太陽築炉を排斥して、三機工業との間で本件請負契約を締結したことについて、合理性を見出すことはできないというほかはない。

まず、予定価格は、普通地方公共団体が契約を締結する場合、契約価格を決定する基準として予め作成する金額であり、随意契約の方法によつて契約を締結する場合に、必ずしもその制限内でこれを行う要はないにせよ、本件で随意契約の方法によつたことが違法であることを別にしても、予定価格の制限内で低額の見積書を提出した者を排斥するには、それ相応の理由が必要なところ、三機工業の見積額が前認定のようなずさんな方法によつて定められた予定価格に近似していたというようなことは、何ら低額の見積書の提出者を排斥する理由とはならないし、被控訴人がその他の理由として掲げる三機工業のプラントや技術の優秀性などということも、その採用し難いことは既に述べたとおりである。

しかも、本件契約において、福江市が示した施工の基準や条件が守られるよう、これを担保するために必要と考えられる詳しい実施設計の別冊図面が契約書に添付されず、現実の施工がこれに見合うようなものでなかつたことは、三機工業が見積額相当の工事をしたか否かについて疑念を抱かせるものであつて三機工業が現実に建設したごみ処理施設と、最低の見積額を提出した太陽築炉が建設したであろうそれとの間に、その見積額の差に見合う何らかの具体的な設備の違いがあつたと認めることはできない。

してみれば、本件ごみ処理施設の工事を太陽築炉に請負わせたとしても、その品質、機能において同等の施設が建設されたであろうと推認するのが相当であり、被控訴人は、四八五〇万円の見積書を提出した太陽築炉を排斥して、随意契約の方法により三機工業との間において五五〇〇万円で本件請負契約を締結したことにより、その差額の六五〇万円の損害を福江市に生じさせたというべきである。

以上の次第で、被控訴人は、市長職務代理者としての地位にかんがみ、相当な注意を払つてその事務を処理すべき義務に反したため福江市に与えた損害の賠償として、六五〇万円とこれに対する福江市が三機工業に工事代金を完済した日の翌日である昭和四七年一一月二二日からその支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をすべき義務がある。

五よつて、控訴人の請求は、相当として認容すべきところ、これと趣旨を異にする原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(美山和義 前川鉄郎 川畑耕平)

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